オルフェウスの下方へ

1–失踪者の後を追って–
2–不思議な距離–


遠くを眺める時のように視線を水平線の彼方に投げかけるのではなく、自分の足下あたり下方へ視線を向けてみる。そしてその足の裏より遥か下方約1万2700km場所について想いを廻らせてみる。そこは大洋の真っただ中かもしれない、未開のジャングルかもしれないし人であふれる都市かもしれない。当然ながらそこは、ここから最も遠いところなのだ。だから遠くを思うには真下を見なければならず、同時に私たちは薄い地表の上で宙吊りとなってしまう。

きっかけはある人物が宿泊中のホテルの部屋から突然姿を消し、行方不明になったという事件の記事だった。奇妙なのは、その人が突然消えたということ以外にホテルの部屋には何も異常は見当たらなかったこと。部屋の鍵は内側から掛けられていて、窓もしまっているし、荷物もそのまま。鍵もその部屋の中に置かれていた。ミステリーとしては仕掛けが少ない。
事件から二年半後。私はそのホテルの同じ部屋を指定して宿泊した。その人の「行方」に興味があったから、その室内を撮影するために。写真が何かしらの形跡を留めることもありえるから。
ところでもうひとつ、この失踪事件と繋がると確信している記録がある。遥かな地下世界からやって来た予言者、あるいは狂人についての逸話である。それは太平洋のど真ん中、マオリの長の口述として18世紀のイギリス船の航海日誌に付録的に記述されたものだ。西洋人の来訪も予言者によりすでに知らされていた。その不思議な狂人が、世界で最も長い名前の村から30キロほど離れた場所に現れたのは、今から280年前のこと。地下を旅してきた人、未来のことを語る旅人についての典型的な伝説である。

その人物が現れた場所はちょうど失踪事件があったホテルの部屋の真下1万2700kmの地点。まるで空想旅行記のようではないか、と思いながらも私はその人物の後を追うために、というよりはその人が見た風景、つまりこのホテルの部屋のまっすぐ下方の先に広がる世界が見たいがためにその場所に移動することになる。
私は、北緯40度25分51秒ー西経3度42分28秒の場所から、南緯40度25分51秒ー東経176度17分32秒の場所、遥か下方へ移動した。
1726年、その人が眺めたであろう風景はその場所が世界地図に置き換えられる前からそのように存在していたし、他者によって発見され所有される遥か昔からそこにある。私は今や逆に、遥か下方となったホテルの部屋のことを思い出しながらその場所を写真に収め、風景を共有した。

ところで我々の時代は、衛星から微細に隈無く撮影された地球表面の写真によって、表面上のことであればいつでも知識を得られる。モニター上でグローブを弄ぶようにクリックひとつでどこでも自由に移動できるかのようである。とてもリアルにできている画面上の小さな地球。しかしそれは既に存在する「地図」以上に何かを語るのであろうか。神の視点とも言える高所からの俯瞰はもちろん風景とは成り得えない。
表層を漂うことを止め、暗闇と冥界を通過し再び明るい場所へ。
垂直の移動はすなわち時間の移動だ。地球空洞説がまだ事実であった時代へとすべり落ちて行こう。
このシリーズは完全なノンフィクションに上書きされたフィクションであり、その虚構の上にまたさらなる現実が重なる。何より確かなのは私自身がカメラを持ちその場所へ行っということ。とにかくその場所は本当にそこなのだから。

2006.6.22 Yuki Onodera


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Paris